
AIの脅威で「仮想通貨のプライバシー保護」が急務に|ヴィタリック・ブテリン氏が警鐘
ブテリン氏が示すAI時代のプライバシー問題
イーサリアム(ETH)創設者のヴィタリック・ブテリン氏は2025年4月14日に、自身のブログで「私がプライバシーを支持する理由」と題した記事を公開し、AIの発展により一層重要性を増す仮想通貨のプライバシー問題に警鐘を鳴らしました。
ブテリン氏は、情報が一カ所に集中すればそれを握る者が権力を持つことになるため、分散化を守るためにはデータのプライバシーが不可欠だと主張しています。
また、近年のAI技術の急速な進歩により大量データの収集・分析能力が飛躍的に向上し、人々のオンライン上での情報共有も加速していることから、プライバシーは「もはや見過ごせない課題である」と指摘しています。
同氏は、AI技術の進化により将来「AIが実際に私たちの思考を読み取る時代」が到来する可能性を危惧する一方で、ゼロ知識証明(※1)や完全準同型暗号(FHE)といった革新的な暗号技術によってデジタル空間でのプライバシー保護が格段に進歩している点も強調しています。
※1:ゼロ知識証明(ZKP)とは、ある情報が「真実である」ことを証明しながらも、その内容自体は一切開示しない暗号技術のこと。
イーサリアムL2のロードマップ
「プライバシー技術」は仮想通貨の未来に不可欠
ブテリン氏がプライバシー問題に強い関心を寄せる背景には、仮想通貨(暗号資産)の歴史と技術の進歩があります。
仮想通貨の黎明期にはデジタル匿名通貨「Chaumian Ecash」のようなプライバシー重視のデジタル通貨が存在していましたが、その後の業界では分散型システムでプライバシーを確保する技術が不足していたため、この価値が置き去りにされてきたとブテリン氏は指摘しています。
しかし近年、状況は大きく変わりつつあり、現在同氏はイーサリアムをはじめとする仮想通貨生態系全体でプライバシー機能の強化に注力しています。ブテリン氏はプライバシーがもたらす価値を「自由」「秩序」「進歩」という3つの視点から説明しています。
プライバシーの価値を示す3つの観点
まず第一に、プライバシーがあれば周囲の目を気にせず自分らしく行動できるという意味で「自由」を保障すると説明しています。ブテリン氏は「プライバシーのない社会では、自分の一挙手一投足が他者やAIによってどう評価されるかを常に意識せざるを得なくなる」という深刻な懸念を示しています。
第二に、プライバシーは社会の健全な「秩序」を維持するためにも必要不可欠だと主張しています。秘密投票制度のように非公開が前提だからこそ機能する仕組みや、過去の履歴が完全に公開されないからこそ成り立つ社会的信頼など、「私たちの社会を支える多くの基盤はプライバシーによって成り立っている」とブテリン氏は強調しました。
第三に、情報を安全かつ選択的に共有できる環境があれば、新たな価値創造や技術・社会の「進歩」が促進されるとして、プライバシーを未来発展の推進力として位置づけています。
ブテリン氏は、高度なプライバシー技術を活用することで個人情報の保護と必要最小限の情報証明を両立できれば、オンラインサービスの信頼性が高まり、革新的なビジネスモデルの誕生も期待できると述べています。
バックドア導入を危険視
またブテリン氏は、政府などが公共安全の確保を理由に、システム内に秘密裏に個人データへアクセスする手段(バックドア)を設けることに対して強く反対しています。限られた権力者だけが情報を独占する状況はむしろ危険であり、情報の悪用や権力の集中につながりかねないと警告しています。
同氏はこうした取り組みを「根本的に不安定」なものとして否定し、むしろ堅牢なプライバシー保護こそが長期的に見て社会の安定を支える土台になると主張しています。
ブテリン氏は自身の体験からもプライバシー侵害の現実を実感していると打ち明けています。タイのチェンマイ滞在中、パソコン作業をしている姿を誰かに無断で撮影され、その映像がSNSで広まるという被害に遭ったことから「誰もがいつ監視の対象になるか分からない」と警鐘を鳴らしています。
このエピソードを引き合いに、プライバシーは一部の人だけでなく全ての人々にとって必要なものだと強調しました。
仮想通貨に潜むプライバシー侵害のリスク
ブテリン氏が提唱する新技術「Privacy Pools」
ブテリン氏は技術面でもプライバシー強化への具体案を示しており、4月11日にはイーサリアムのレイヤー1にプライバシー機能を導入するための段階的なロードマップ案を公開しました。
この計画では、ウォレット設計の見直しやアプリケーション別のアドレス分離、既存技術の効果的な活用といった「実現性の高い地道な改善」を積み上げることで、ブロックチェーン上での取引やユーザー行動の匿名性を段階的に強化していく方針です。
イーサリアム上では現在、マネーロンダリング対策とプライバシー保護を同時に実現する新技術「Privacy Pools(プライバシープール)」がテスト運用されています。この仕組みでは、利用者が所有する資金が盗難やハッキングなどの犯罪と無関係であることを暗号技術で証明できるため、不正行為者を除外しながら一般ユーザーの匿名性を守ることが可能になっています。
規制当局の要請に応えつつも個人の取引記録を守れるこの新たな手法は、次世代のプライバシー技術として業界から大きな関心を集めています。
プライバシー重視のビットコインウォレット
プライバシー技術をめぐる各国規制の動き
ただし、プライバシー技術の発展には各国の規制との摩擦も存在します。
米国では2022年、仮想通貨混合サービス「トルネードキャッシュ(TORN)」がマネーロンダリングを促進したとして制裁リストに加えられ、開発者も身柄を拘束されました。ですが、2025年1月に米国の地方裁判所がこの制裁に法的妥当性がないとする判断を下したことで、同サービスの運営トークン「TORN」の価格が一時急上昇するなど、規制反対派に有利な展開となりました。
欧州連合(EU)においても、2024年に施行されたMiCA(仮想通貨市場規制)の影響で、高い匿名性を持つ仮想通貨の取引所上場が実質的に不可能になる見込みとされています。大手取引所のOKXやバイナンスはすでにEU圏内でのモネロ(XMR)やジーキャッシュ(ZEC)などの匿名通貨取扱い中止を決定しており、規制強化の動きが広がっています。
日本でも2018年のコインチェック事件を受けて金融庁が匿名通貨を排除する方針を打ち出し、モネロ(XMR)、ダッシュ(DASH)、ジーキャッシュ(ZEC)などが上場廃止されました。
米裁判所、制裁反対の判決
「プライバシー技術支援」に新たな動き
こうした規制強化の一方で、プライバシー技術を支援する動きも活発化しています。
2025年2月にはイーサリアム財団はトルネードキャッシュ開発者の裁判費用として125万ドル(約1.8億円)の資金提供を決定し「プライバシーは基本的人権であり、プログラムコードの作成自体は犯罪行為ではない」という強い信念を表明しました。
また、カルダノ(ADA)を手がける開発会社IOGは、ビジネスデータの保護に焦点を当てたサイドチェーン「Midnight(ミッドナイト)」の構築に取り組んでおり、昨年9月には試験運用ネットワーク(テストネット)の立ち上げ予定を公表しています。
プライバシー保護と透明性確保の適切なバランスを探る取り組みは仮想通貨業界全体で広がりを見せており、ブテリン氏の提言を受けて議論がさらに加速しています。
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Source:ヴィタリック・ブテリン氏ブログ
執筆・翻訳:BITTIMES 編集部
サムネイル:AIによる生成画像