貿易産業を変革するブロックチェーン技術「分散型管理」で輸入・輸出の問題改善へ
ブロックチェーン(Blockchain)技術を「国際貿易」に応用すれば、製品の輸入・輸出に関連する様々な業務を簡素化し、大幅なコスト削減、不正行為やミスの防止、様々なプロセスの時間短縮といった非常に多くの恩恵を受けることができると期待が高まっています。IBMやNTTのような大手企業や世界各国の政府機関は実際に技術活用に向けたプロジェクトを開始しています。この記事ではそれらのいくつかの事例をまとめて紹介しています。
こちらから読む:貿易業務の効率化に役立つ「ブロックチェーン」の基本を学ぶ
NTTデータ:ブロックチェーンで貿易業務を効率化
NTTデータは、2016年から貿易分野にブロックチェーン技術を活用する取り組みを続けています。日本国内で貿易分野にブロックチェーン技術を活用する実証実験を行ったのは「NTTデータ」が初であるとされており、同社が2017年8月に立ち上げた「ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤実現に向けたコンソーシアム」は現在も順調に活動を続けています。
コンソーシアム発足の背景には「従来の貿易業務の非効率さ」が挙げられており、日本の貿易業務において企業間で情報連携をとる場合には「紙」や「PDFファイル」が多用されていたため、入力ミスなどに対処するための「誤入力チェック」や「修正」などに多くの時間がかかっていたとされています。また、複数の事業者が介在する貿易手続きにおいて「情報伝達や共有」を行う場合にはプロセスが電子化されていないため、輸出者が貨物の状況を迅速に把握することが難しいという問題がありました。
ブロックチェーン技術を活用することによって、コンソーシアムに参加する企業は「貿易事務の効率化」や「手続きの迅速化」などといった多くのメリットを享受することができます。このコンソーシアムはNTTデータが事務局を務めており、2018年11月時点では大手金融機関、商社、保険、物流などの計14社が参加しています。
NTTデータは、今後もコンソーシアムを通じて検証や実証実験を繰り返し行い、2019年中にはブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤の実用化を目指す予定だと発表しています。
香港金融管理局:貿易効率の改善と安全な資金調達を実現へ
香港金融管理局(HKMA)は2018年10月31日、ブロックチェーンを活用した国際貿易金融プラットフォーム「eTradeConnect」を正式に立ち上げたことを発表しました。2017年10月に発表されたこのプロジェクトは、立ち上げ当初は英国の「HSBC」や「スタンダードチャータード銀行」を含む7行の主要銀行が先導していましたが、その後新たに5行の銀行が参加したため、正式に立ち上げが発表された時点では合計12行の銀行が開発に携わっています。
貿易文書をデジタル化することによって、貿易効率を改善し、貿易金融プロセスを自動化させ、スピーディで安全な資金調達を実現することなどを目的としている「eTradeConnect」は、政府主導のプラットフォームとしては最大規模であり、最も早く稼働したことでも注目を集めています。
またHKMAは、ボーダーレスの貿易取引を促進するために国際商業取引プラットフォームである「we.trade」ともパートナーシップ契約を結んでいます。これにより「eTradeConnect」と「we.trade」のプラットフォーム間の相互接続及び運用が実現し、アジアとヨーロッパをまたぐ貿易金融の課題解決につながると期待されています。
シンガポール発、ASEAN諸国と中国をつなぐ貿易取引ブロックチェーン・プラットフォーム
シンガポールを拠点とし世界20カ国以上で展開する、電子政府(*1)サービスプロバイダ企業「CrimsonLogic」は、ASEAN諸国と中国との国境を越えた貿易取引に焦点を当てたブロックチェーン・プラットフォームの立ち上げを発表しました。
(*1)電子政府:コンピュータネットワークやデータベース技術を利用した政府や、それらの技術を用いて政府業務の改善に取り組むプロジェクト。
同プラットフォームは、あらかじめ認定された参加企業によって運営されるため、信頼できるノード(コンピュータ中継点)のみで構成されています。荷主や貨物運送業者は、安全な取引が確保されることに加えて、原産地証明書や請求書などの貿易文書をネットワーク上で簡単に共有することができます。
CrimsonLogic会長のEugene Wong氏は、国際貿易領域にブロックチェーンを活用することについて、以下のように説明しています。
ブロックチェーン技術は、ASEAN諸国の国境を超えた貿易取引と中国の一帯一路構想(BRI)・南方輸送回廊間に、より大きな信頼感を抱かせることに役立つと信じています。ASEAN諸国と中国間の貿易量は、2地域間で過去最大になるでしょう。
同プラットフォーム名は、完全子会社であるGeTSの立ち上げにちなんで「GeTS Open Trade Blockchain Platform」と名付けられています。
ブロックチェーンを活用し「アーモンドの輸送プロセス」を可視化
オーストラリアの大手銀行である「コモンウェルス銀行(CBA)」は2018年7月、サプライチェーンを扱う多国籍企業5社と協力してブロックチェーン・プラットフォームを活用したアーモンドの輸送に成功したことを発表しました。CBAは「17トン」のアーモンドをビクトリア州サンレイシアからドイツのハンブルクまで輸送し、オーストラリアで行われるアーモンドの梱包作業からドイツでの納品作業に至るまでのあらゆるプロセスをブロックチェーンで追跡することに成功しています。
ブロックチェーンプラットフォームでは、貿易文書、財務・運用情報が共有されており、IoTデバイスによって、アーモンドの位置情報はもちろん、コンテナ内の温度・湿度もリアルタイムで把握可能となっています。
このプロジェクトの成功には、以下企業の協力及び努力が不可欠でした。
・「コモンウェルス銀行(CBA)」
・アーモンドを提供する「オラム・オーチャード」
・鉄道輸送の「パシフィック・ナショナル」
・「メルボルン港」
・コンテナターミナルを運営する「パトリック・ターミナルズ」
・コンテナ輸送の「OOCL」
・技術サポートを行う「LXグループ」
国際貿易の取引高がますます急増する中、貿易ブロックチェーンプラットフォームは、一連のサプライチェーンの透明性を高めると同時に、サプライチェーンの効率化により企業の収益性も高まることが期待されています。
タイ:知的財産・貿易金融におけるブロックチェーン技術の実現可能性を調査
タイ王国商務省は、イギリス大使館の支援を受けて、知的財産と貿易金融におけるブロックチェーン技術の実現可能性に関する2つの調査を開始しています。
商務省傘下の「タイ貿易政策・戦略事務局(TPSO)」で責任者を勤めているPimchanok Vonkorpon氏は、"ブロックチェーン技術"は知的財産に関して言えば「IP管理・企業登録・トレーサビリティ」をサポートし、貿易金融に関して言えば「透明性を高め、企業コストを削減し、プロセスの短縮に繋がる」ことに役立つと説明しています。
なお、バンコクポストは『今回の調査は2019年2月に完了予定である』と報じています。
さらに、TPSOはブロックチェーン技術を有機栽培米の輸出に活用することにも取り組んでいます。活用が実現すると、輸出処理にかかる時間は大幅に短縮され、コストは下がり、透明性の向上やサプライチェーンにおける信頼と信用の向上などにも繋がると期待されています。
このような様々な取り組みからは、タイ政府がブロックチェーン技術にとても前向きな姿勢を見せていることが伺えます。
ブロックチェーンの導入で貿易関連書類のデータ入力が「80%」不要に
複数の国の大手企業で構成される欧州のコンソーシアムは、貿易業務における煩雑な書類手続きを簡略化し、コストを削減することなどを目指してブロックチェーン技術の活用に取り組んでいます。
このコンソーシアムは、
・ベルギーのビール大手「Anheuser-Busch InBev」
・シンガポールの海運大手「APL」
・スイスの物流大手「Kuehne + Nagel」
・アメリカのコンサルティング会社「Accenture」
・ヨーロッパ諸国の税関組織
といった、食品や物流などの国際輸送に関わる代表的企業や組織で構成されています。
2018年3月14日に「Accenture」が発表した内容によると、ブロックチェーン技術を用いた実証実験を行った結果、ブロックチェーン技術の導入によって、貿易関連書類のデータ入力が最大80%不要になり、全ての輸送過程でのデータ修正が簡易にできるようになることがわかったとされています。また、貨物チェックにおける作業効率が高まったことや、企業が通関関連法令に違反するようなリスクを軽減できるとも伝えられています。
アクセンチュアの運輸・物流部門を率いるAdriana Diener-Veinott氏は、『今回の実証実験では、"データの所有権を明確に定義して安全かつ分散的にデータを管理すれば、運輸プロセスにおいて多くの書類が不要になる可能性がある"ということが明らかになりました。これにより、企業は時間とコストを節減しつつ、顧客サービスを改善することができます』と説明しています。
IBMと海運大手マースク:ブロックチェーン技術で貿易コストと業務の簡素化へ
IBMとデンマークに本社を置く海運大手「Maersk(マースク)」は、貿易業務の効率化やコスト削減を目指し、運輸・物流業界に向けてブロックチェーン技術を活用した「貿易プラットフォーム」の開発に取り組みました。同プラットフォームは、オープンソースのブロックチェーン基盤である「Hyperledger Fabric」を基に開発されており、IBMクラウド上で提供されます。
「貿易プラットフォーム」開発の背景には、海運業を含む国際貿易の古い体質が関係しています。現在、海運業は世界の90%にも及ぶ貿易貨物を負担しており、コンテナを使って輸送されています。
しかし、1956年にコンテナが導入されて以来、輸送用船舶は進化する一方で、事務的作業は導入当時と変わらず、紙ベースでの書類手続き・管理体制が続いています。さらに、貿易に関わる様々な部門間での情報共有において十分な連携が取れておらず、物理的輸送に比べてコンテナ輸送用文書や情報処理にかかるコストは2倍以上かかっているのが現状です。
貿易業において、ブロックチェーン技術を活用した同プラットフォームを活用し、書類での手続きや管理体制をデジタル化することで、物流に関わる取引参加者は、貿易貨物の位置情報や輸送状況の確認、税関書類の状態、受領証を含む全ての文書データの確認をリアルタイムに行えるようになりました。また、トレーサビリティ・データ改ざん防止機能も備わっているため、不正を行うことができません。
このシステムの運用することによって、
・不正や過失の防止
・輸送時間の短縮
・在庫管理の最適化
・業務効率化とコスト削減
が期待できるとされています。
IBMとマースクは、国際輸送におけるサプライチェーンの透明性の向上や業務効率化を目的に、このプロジェクトを多くの政府機関や物流業者と提携して進めています。